主を仰ぎ見つつ

キリスト教的思索

もうだいじょうぶ。ご安心ください。神さまはあなたを愛しています。(再アップ)

(イスラエル、ガリラヤ湖 taken by Robert Yi 2013 )


<この素敵なサブタイトルに引かれて>


もうだいじょうぶ。ご安心ください。神さまはあなたを愛しています。」って素敵な言葉でしょう。これは、何かの拍子に見つけたもので、カトリック教会のウエブサイトにあったサブタイトルでした。


 その記事内容も素晴らしいものでした。プロテスタントの教会に行っていた方のご主人がカトリック教会で洗礼を受けられ、自分もカトリック教会に転会したというお方のお証です。


嬉しくて嬉しくて、二人並んで神様の御前に立つという夢を実現するには、私が転会するしかない、と思ったのは確かである。が、実はそれだけではなかった。ひと言、私の方もカトリックの「神様のやさしさ」に触れ、魅かれてしまったからだ。

今まで通っていたプロテスタント教会への感謝も尽きず、

カトリック信者となった幸せな私だが、今の自分を生み、育ててくれたプロテスタントの教会には感謝している。あちらの教会員のことも大好きで、「実家の家族」と呼んでいる。神様の御心ある教会になりますようにといつも祈っている。

(これは、カトリック多摩教会の諏訪・永山地区 秋吉 めぐみさんのお証からの引用です)


このように、プロテスタント教会の信者が、カトリック教会に転会されることもあれば、カトリック教会からプロテスタント教会に転会される方もいる。


長いあいだ祈っていたご主人がカトリック教会で洗礼をお受けになった。どんなにうれしいことだっただろうか。その喜びは想像に余ります。


私は、ここで、カトリックとプロテスタントの違いについてご託をならべるつもりはありません。私たちは、自分の信仰に従って、その信仰に見合った教会で、信仰生活を送られればよいと思います。


私は、このサブタイトルの『もうだいじょうぶ。ご安心ください。神さまはあなたを愛しています。』という言葉にうれしくなり、秋吉さんの証し、「神さまの優しさを発見した」という言葉にも感動したのです。


(1) もうだいじょうぶ:(嵐で転覆しそうだった船がようやく港についたように)、“もう”何も心配しないでいいんですよ。


(2) 安心しなさい:リラックスしていいのですよ。そのあたりにぶっ倒れて、休んでください。


(3) 神さまはあなたを愛しています:あなたは神さまに愛されているのです。あなたは特別なんです。


愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。


(ヨハネの第一の手紙4章18,19節)


ロバート・イー


02/13/2021▶︎ 主とわたし・・
Posted by SANBI.us

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