主を仰ぎ見つつ

キリスト教的思索

お金と愛情の関係は深淵なテーマですね

<Kさんの思い出>


私が韓国から日本に行った頃の日本の思い出をブログに書いたら、Kさんが自分の思い出をシェアしてくれました。(許可を得て、Kさんの思い出を掲載させていただきます。)


“私は毎日小学校から帰るとお母さんをさがし、母親から10円玉を貰って何でも好きなものを買いました。舌が真っ赤になるニッキとか、大きな焼き芋とか、訳の分からない駄菓子とか、2枚で一円のお煎餅とか。私はこの10円玉が母の愛の証のような気がしていました。なんでも買ってよかったので、罪意識は全くなく、いつも母が会社の運営で家にいることは無かったので、10円玉と母の愛とが重なっていました。お金に執着したわけではないですが、お金にしか自分の愛情を表せなかった母と、お金が愛情の表れと理解した私とが一致していました。・・・今でも甥や姪を支えるのに、私はどうしてもお金をあげたくなります。私も自分の愛情をお金でしか表せないところがあります。”


Kさんは、お金を愛情として受けとり、お金で愛情をしめすことができた方ですね。


<一方、お金のために愛情を捨てた人もいたようです>


若い読者は「金色夜叉」(尾崎紅葉作)という物語をご存じないかもしれませんね。私も実は読んでいないんですが、お金のために愛情を捨てるというストーリーだということは聞いています。
ウィキペディアに詳しく出ていますが、この「金色夜叉」は長編小説で、その中にお金より愛を選んだ人たちが自殺をしようとするという話も入っているそうです。


要は、お金か愛情かという選択がテーマの小説なのですね。でも、それが読者の心を惹きつけているのです。


<本当の愛には具体的な行為がともなうのです>


イギリスの女優、オードリー・ヘップバーンは、       「Love is action.  It isn’t just talk, and it never was.    We are born with the ability to love ;  yet we have to    develop it like we would any other muscle.」という言葉を残しているそうで、その英文がみごとで日本語訳もまた素晴らしいですね。(どなたか知らないけど)


「愛は行動なのよ。言葉だけではだめなの。言葉だけですんだことなど一度だってなかったわ。私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。それでも筋肉と同じで、その力は鍛えなければ衰えていってしまうの。― オードリー・ヘップバーン」


3:18 子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行いと真実をもって愛そうではありませんか。 3:19 それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです。』(ヨハネの手紙第一3章18~19節)


文責: ロバート イー





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