そうか、もう君はいないのか

<城山三郎の最後の本>
この著者は、経済小説というものを書いた人と言われます。たしか、私が読んだ 2つの本は、会社組織の中の人々の話で、面白かったのですが、特にどうってこともないという印象でした。
この本「そうか、もう君はいないのか」は、友人宅で 長い間 忘れられていた本だそうですが、一気に読ませていただきました。
<先に亡くなった妻への本>
この本は、本来、未完の書だったのを次女の井上紀子さんが、その散在した原稿をそのまま
まとめて 新潮社の編集部長に渡されて、本になったそうです。
読後感としては、城山三郎さんは愛された方だったんだなということ、出版社から、奥さんの容子さんのことを書いてくれと言われても、ありふれた思い出など書きたくなかったのではないかと思われます。
それでも、出会い、結婚、旅行などの断片 そして、奥さんの病気と逝去。それに、次女の父と母の思い出が書かれています。
どの作家も奥さんの存在が大きいと思いますが、この容子さんについては是非かいてもらいたいと思う方だったのだろうと思います。・・・でも、作家 城山は、断片を残したままこの世を去ったのでした。
この本で、感動的なところは、やはりこの本の題になった「そうか、もう君はいないのか」というところです。
"四歳歳上の夫としては、まさか容子が先に逝くなどとは、思いもしなかった。もちろん、容子の死を受け入れるしかない、と思うものの、彼女はもういないのかと、ときおり不思議な気分に襲われる。容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることが出来ない。ふと、容子に話しかけようとして、われに返り「そうか、もう君はいないのか」となおも容子に話しかけようとする。" ・・・
<私たちはどこから来てどこに行くのか>
「そうか、もう君はいないのか」
この言葉を感傷的に捉えることも出来ますが、・・・いない ”君” をさがす (客観的な) 気持ちが良く分かります。
城山氏は、容子さんと (たまたま閉まっていた) 図書館の前で出会ったのですが、その時のことを "妖精が天から降ってきた"と表現しています。・・・その妖精が病いを得て息を
引き取るのです。いつも傍にいた妖精が消えてしまったのです。
この空白は、人の知恵では埋めることが出来ないものです。・・・
<愛する人との再会はあるのか>
私たち信仰者には、天の御国で 愛する人と再会するという希望・・・というより、 “確信” があります。
『わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。』(ヨハネ11:25) とイエスさまは、仰いました。
故に、私たちは、 天の御国で 愛する人たちと再会するという “確信” があるのす。・・・ だから、”死” をも恐れることなく、平安と喜びを持って、その日を迎えることができるのです。
聖書には、『 人は、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが定まっている』( ヘブル人への手紙の 9章 27節) と書かれています。
ここでいう"裁き"とは、救い主イエスを信じているかどうかにかかっていますが、福音 (救いの良き知らせ) を聞いことのない人たち や 聞いても信じなかった人たちは、直ちに "地獄行き" だと言っているのではないのです。
"裁き" があるということは、全ての人に弁明のチャンスが与えられると言うことです。
これは、私が個人的に示されたことですが、私もみなさんも皆、この時 (改めて) 唯ひとり神さまの前に立ち、自分のなしてきた全てのことについて思いかえし弁明するのです。
でも、神さまは、私のことを全てご存じなのです。・・・弁明する必要などあるのでしょうか。
神さまの前に立たされるその時、私たちは、初めて (人知では計り知れない) 神さまの愛を見ることが出来るのだと私は教えられたのです。
『 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。』
(この言葉は、"愛の章"といわれる、コリント人への第一の手紙 13章に書かれています。 )
この裁きの日は、イエスさまが自分の為に十字架につけられたことがはっきりとわかる日になるのだと思うのです。
そして、天の門が開かれ・・・御国に入ると、私たちの愛する人たちが大勢、両手を広げて迎えてくれるのです。
『 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。 』(ヨハネによる福音書 3:16-17 )
こうして・・・私たちは、愛する人と再会するのです。
文責: ロバート イー