主を仰ぎ見つつ

キリスト教的思索

シンタロウーさんの死とホスピスの延長ケアーの素晴らしさ

主と私


<シンタロウーさんは、脳の癌でした>


シンタロウーさんと呼ばれていた方の本名は、間々田新太郎さんで、脳の癌で手術をして、普通の生活をすることができるようになっていましたが、いつまた再発をするかわからないという状態でした。先々週、あと一週間ぐらいだろうという医者からの告知があり、家でホスピス延長ケアーをすることになりました。


脳の癌というのは、癌の中でも最悪で、その頭痛は耐えられないものだそうです。それで、多くの脳の癌患者は、薬での安楽死を望むと言われます。カルフォルニア州では、安楽死が許されませんでしたが、今では許されるようになり、シンタローさんにも打診があったそうです。でも、シンタローさんは、痛みに耐えての自然死を選んだのです。


奥様の(英語での)報告を読ませていただきましたが、ホスピスの延長ケアーの素晴らしさが伝わってきます。その中にも出てきますが、薬で、頭痛が上手にコントロールされていたようです。


<最後の最後のクオリティータイム>


シンタローさんの奥さんは、もう話ができないけれど、聴くことができるシンタロウーさんに話しかけます。その間、看護師が24時間(交代制で)シンタローさんの家に常駐し、彼が快適であることを確認し(入浴、ヒゲソリを含む)、熱や酸素などをチェックし、痛みや興奮を抑える薬を投与してくれるのです。そして、シンタロウーさんは、“自然死”を迎えたのでした。


奥様は、本当に素晴らしいシステムだと感動していますが、(医療によって)人の最後を手助けをするというホスピスケアーの在り方はこういうことなんだと思わされました。そのおかげで、奥さんはシンタロウーさんと最後の最後まで、心の通う会話をすることができたのです。


奥さんは、「延長ケアーの看護師は、患者を監視するだけでなく、家族や愛する人たちの世話や監視もする」と書いています。自分が泣いている時、「あなたが彼を行かせなければ、シンタローは行きずらくなりますよ。」と言われたそうです。なるほど、“その時が来たら(悲しまないで)行かせてやりなさい”ということですね。


また、ある時、奥様がシンタローさんにいろいろ話をしていたら、急に、「愛していると言いなさい」と言われたそうです。・・・“愛している”、そんなこと言われなくても“愛しています”。シンタローさんにはわかっている。日本人は、わかっていることは言わないのです。・・・(でも、それは奥さんのために必要な言葉だったのでしょうか。)


看護師は、シンタローさんが死んだ時、奥さんがパニックに陥らないように十分に気を使われたようです。そして、彼が受けた治療が最善だったこと、ご自分が良い伴侶であったことを確認させてくださったようです。すべてが納得です。これだけのケアーはなかなかできないなーと感心しました。完璧なこころのケアーですね。


<なぜ、人は生まれ、死ぬのか>


このテーマは、聖書の創世記までさかのぼらなければなりませんが、人(アダム)とその妻(エバ)は、知恵を選び、食べては死ぬという知恵の実を食べました。死ぬことを選んだのです。以来、人は生まれては、死ぬものとなったのだと記されています。


伝道の書の7章1節にこう書かれています「良き名は良き油にまさり、死ぬる日は生れる日にまさる。」(口語訳)。・・・『死ぬるは、生れる日にまさる』・・・“死ぬことの方が生まれることよりもすぐれている”というのです。


私たちクリスチャンは、死後の世界をはっきりとらえています。それは、神さまと共に住む素晴らしい世界です。早く行きたいと思うところが用意されていると聖書に記されているのです。


使徒パウロは、そう書いています、「早く行きたいのだけど、あなたたちのために生きながらえているのだ」と。”死ぬるは益なり“と書いています。・・・”死ぬる日は生まれる日にまさる“という言葉に通じます。


愛する人が死ぬ。それは悲しいことです。愛するその人がどこにもいないのです。こころを通わせることができない。でも、神さまを信じ、イエスさまの言葉を信じる人は、天の御国で、みんなと再会することができるのです。


奥さんが、「ミッションの達成 !(Mission Accomplished!)」というと、看護師が「そうよ! ( that’s right ! )」と応えてくれたのです。・・・「シンタロウーさんを天国におくる」という使命が完璧に達成されたのですね。


文責: ロバート イー

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